日々楽しい

2014年10月23日
最近は、ただひたすら、日々楽しい。

とくに何があるというわけではないし、仕事が順調というわけでもない。

でも楽しい。

で、それはやっぱり子供がいてるからやろなぁと思うわけです。

子供作って良かったなぁと思う。


最近は、あまり、むずかしいことも考えなくなってきた。

世の中、けっこうシンプルに考えた方がすっきりする。

お金は、ものすごく大事で、それこそなんでもかんでもできるし、なんだって買える。

世の中にあるものは、なんでも買えますねん。
間違いない。
ものすごいもんです。
家や車などのモノはおろか、名誉や地位、愛情や、人のやる気、時間だって買える。
本当に、世の中にあるものなら、なんでも買える。
「ある」ものならね。


でも、残念ながら、世の中に「ない」ものは買えないわけだす。


「ここにいてない人間の命を買いたい」


とか言うても、誰も買えないわけです。
だいたい誰に「売ってくれ」と言えば良いのですかな。
ないものは買えない。


で、人間って子供が創れたりするんよね。
すごいなぁと思う。

去年までいてなかった人間が、そこにおるねんで?
いやーすごいわ。これ。

祖父、父と生きてる人間を見送ることはやってきて、

「昨日までいてた人間がいなくなる」

ということのインパクトの大きさは分かってたんですけど、「去年までいなかった人間がいてること」という逆方向のインパクトは初体験なので、すごくエキサイティングですねぇ。

なんだ、これ。
驚くなぁ。

いやほんま。

なんちゅうかねぇ、子供を作るというのは、すごくすごいことなので、とても良いものですよ。
だから、体験してない人にはお勧めしたい。

結婚する前は、身の回りの人たちって「子供ができたら大変や」しか言わないのよね。
あれってどうなんやろ?
あんまり感心せんなぁ。

嫌なんやったらやめとけや。

とか思う。

で、実際僕は、かなり長い間独身をやってて、結婚をやめてたし。

嫌でやめてたら、プラマイゼロで安定するのだ。人生予定通り。子供が嫌なら、それを全うしたらよろしいがな。

嫌なんやったらやめとけ。
そういうことです。

でも、そういう自己抑制もできんと子供作っといて「大変や」とか勝手な事を言う人がすごーーーく多い。

かなわんで、それ。
かなり迷惑やと思う。
人間として、どうなんかなぁ。
そんな事言われた子供はどうなる。
「ボク(アタシ)は、生まれてこなかった方がいいの?」
と感じるしかないやんか。

それはアカンよなぁ。やっぱり。

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ちょっと話はズレるんですが、よく独身者を結婚に導かせるために、「ちょっとは高望みをやめたら?」と説教する既婚者がいてるんですけど、あれもどうかと思う。

それおかしいで。

変やで。

そんな事したら、絶対アカンと思う。


だって、考えてもみてくださいよ。
結婚した相手に、


「私は希望のレベルを下げて、あなたと結婚したのです」


とか言われてみなさい。
不幸の極みですがな。

一生不幸や。

なんでそういう、おかしな言い方が、まかり通ってしまってるんやろ。


あれは、正しくは「もっと結婚相手の真の条件を、徹底的に真剣に明確化しなさい」と言うべきなのですよ。

「高望み」なんていうのは、「顔がいい」「金持ち」「性格が優しい」とかの、ものすごく抽象的で、具体性のない一般的な条件設定を、何も考えずに放置したままというだけの話なわけです。

そうじゃなくてさ、結婚って現実やから。

近所に住んでる方がいいとか、趣味で重なるところがあった方がいいとか、自分はこういう生き方をしようと思ってるから、それを尊重してくれる人がいいとか、そういう「本当に自分に必要な具体的条件」というのは、絶対にあるわけです。

だから、それを明確にするという工程が最低限必要なわけですよ。それをやってないから、世間一般でまかり通ってる「一般論としての好条件」で高望みする、という事になってるだけなわけです。ピンとがボケてるという話なわけ。

だから、こういう具体的条件を徹底的に明確化すると、どういう人が自分の結婚相手にふさわしいか、はっきりするから、そういう条件に合致した人と出会った時に即結婚できるわけですよ。

つまり、「高望み」というのは、「一般的好条件」でしかないので、そうではなくて「具体的に自分にとって必要な条件」を、しっかり考えることが大切なのであって、それは、


「理想の相手の条件」


を考えることなわけです。

だから「高望み」どころか「超理想の結婚相手とは何か?」を考えなくてはいけないんですよ。

なのに、みーーーーんな「高望みするな」とか言う。

あかんよ、それ。

普通、そんな事言われたら、まぁ結婚なんかしたくなくなるって。
一生不幸なんやもん。
ダメダメ。

なんで、あんなアホな言い方がまかり通ってるんやろ?

で考えてみてごらんなさいな。

「あなたは僕の(私の)理想の人です」

と言われたらどうなる?

それは幸せな結婚になるでしょう。

「希望を下げて、あなたと結婚しました」

とか言われたくないし、言いたくないし、そんな結婚生活したくないけどなぁ。

どうして「高望みするな」が決まり文句になってるんやろ。
あれはほんとうにイカンと思います。

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このあたり、実は「周りに良い相手がいてない」のではなくて、「自分が望む相手の条件すら、真剣に考えたことがない」というのが現実の姿なわけです。それも考えなくて、選んだり探したり出会ったりするわけないよなぁって思う。

で、これは、それこそパソコンを買うとか、そういう時のやり方と同じことなんですよ。

パソコンと結婚を一緒にするな!と叱られそうやけど、冷静に、論理的に考えたら、そういう事にしかならんのですよね。

つまり、

どんな事にパソコン使うの? とか、先に自分の要求条件を考えなければ、ノートパソコンを買うのかデスクトップマシンを買うのかすら決められない、というのと同じことですやん。

ノートにタブレット、デスクトップに、最近ではスマホまでありますが、どういう時に何を使いたいの? それはあなたの生活のどこでどう必要なの? という事を考える、という事ですわね。

マシンに優劣があるのではなくて、使い方や運用方法に自分への向き不向きがあるという事でしょう。

これは異性選びも同じことです。
「相手がいてない」
「いい人と出会えない」
のではなくて、
「自分がどう生きていきたいか考えてない」
という事なわけです。

自分がどうしたいかはっきりしたら、嫌でも「あ、このタイプだけはダメ」とかはっきりしますから。
そうすれば、本当に理想の人がすぐに見つかる。

米の中のゴマ粒を探そうと思っても、それは見つけるまでにものすごく時間がかかる。

でも、「この網の目の穴を通り抜けるものがゴマなのだ」と、こまかい目のフルイを手に入れれば、米粒の中のゴマ粒も、サッと見つけられるわけですよ。

条件というフルイも持たずに、闇雲にお見合いとかしてもほとんど意味ないですわ。

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と、ここに書いてるのは、基本、既婚者向けに書いてます。

ほんま既婚者の方々、発言には責任持とうよ。
ええかげんな事言うたら、あかんで。ほんまに。

ええかげんで、適当な事を言って、独身者という未経験者に悪い情報しか手渡さない先輩なんて、百害あって一利なしやと僕は思うのよなぁ。ほんまに。

なんかすごく長く書いてしまいました。
えらそうでごめんなさい。

でもまぁ、たぶん、考え方としては上記のような考え方が、おおむね正解だと思います。

(個別案件はいろいろバリエーションがあって、実は一筋縄ではいかないんですけどね。それこそアダルトチルドレンとか、自分の欲する条件自体をうまく掴めないという問題を抱えてるわけやし。これは個別案件。ここに書いたのは一般論です。)

パソコン選びも結婚相手選びも、ようは一緒。
乱暴ですけど、一般論としては、それが正解ということにしておきたいです。


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