「百年に一度の大不況」じゃないんだよね。80年だもの。
2009年5月29日どうも最近「100年に一度の大不況」という言い方が鼻についてきました。
だって、前の世界恐慌は1929年なんですよ? ちょうど80年です。
いったいどこでどうなって「100年」という数字が出てきたんでしょうか?
まぁ、こういうのは「決まり文句」になってしまうから、しょうがないんですけど。
このあいだちょっと書いた、副島隆彦さんの、アメリカ発の恐慌を予言した
「やがてアメリカ発の大恐慌が襲いくる」
http://astore.amazon.co.jp/kids1226-22/detail/4828411127
ですが、
実はさして難しい事が書いてあるわけではなくて、「景気変動というのはサイクルなのだ」という景気循環説をとなえているだけの本なんですよ。
明日の事はわかりませんから、そこで予言すると言っても何を根拠に予言するのか? という事ですね。
で、普通のそこいらにいる「エコノミスト」というのは、たとえば投資サイクルは大きく5年で更新されるものなのだ、とか、××のサイクルは3年くらいだ、とかやっているけれども、学問的に見れば、それらは全部景気変動のサイクル説の中に収まることであって、それはいろいろ説があると。(ジュグラーの波、クズネッツの波など)
で、そういう数年単位の小さなサイクルではなく、60年単位というような大きなサイクルもあるはずなのだけれども、普通のエコノミストは、そういう大きなサイクルまでは考えていないという話しでして、副島さんはここで、あまり有名ではないのかも知れないけれど、コンドラチェフという60年周期でのモノの見方もしなければいけない、と言うことを言ったにすぎないわけです。
で、いちおうコンドラチェフの波というのは、60~70年くらいだから、周期を考えると2001年あたりで大不況が来るはずだ、という前提で論を立てておられたわけです。コンドラチェフという人はすでになくなっているので、波の個別曲面の定義や判断というものがはっきりしませんし、なんせコンドラチェフの仮説自体、1925年に出されているわけですから、この60周年周期というスパン自体をどう考えるか? って言うのもあるわけですが。
ともあれ、ようは「大きな周期はあるはずだから、その周期が巡ってきて当然」という事なんですよ。それを想定してない方がおかしいとも言えるわけです。
副島さんはだから不況の「底」を1929年と捉えずに、第二次世界大戦の終わり、1945年を底と見て、大不況が来るはずだと想定して、で、いま大不況が来るとすれば、好況に浮かれきっているアメリカからだろうし、火がつくのはバブルになりつつある住宅ローン関係だろうと予測されていた、という事な訳です。
まぁね、人間、神様じゃないんだから、明日の事はわからないんですよ。
でも、たとえば、季節の温度を丹念に計測していたり、太陽が昇る位置をていねいに観察していたり、というような誠実な態度で日々を送っている人達の経験から、暦のようなものは生まれて来たわけですし、1年というわかりやすい周期も発見できたわけですよ。
皆既日食にしても、日本では卑弥呼の時代(4世紀くらい)には「神の怒り」とか言って恐れおののいたわけですけど、おそらく同じ時に中国では、日食は「暦」の一部になっていたはずなわけです。これは大きな違いですけど、でも、そういう事実関係はあったわけです。
皆既日食の周期を知らないから「神の怒り」になってしまうわけでして。
だからたぶん、経済というのも、とどのつまりは波動のサイクルで見るしかないんだろうと思われるわけです。
なら、この世界不況を、あまりに大雑把に「百年に一度の大不況」とか言うのはやめて、「1929年から80年で、同様の事が起こりました。」とした方が分りやすくていいんじゃないの? って事ですね。
で、やっぱり「100年」だとちょっとアバウトすぎる気がしてきたって事です。
ちゅうか、この周期予測の考え方を、アバウトにだけ聞きかじってセンセーショナルな言い方に転換したんですかね?
コンドラチェフ仮説と現実社会を照らし合わせてみると、「60年~80年程度の周期でサイクルしている」とするのが現実的な判断なのではないかしら? という気がするんですが、どうでしょう?
で、そんなこんなを考え合わせていくと、投資はやっぱり「ドル・コスト平均法(=定額購入法)」で行くのが一番だよなぁという、手堅い発想になる私ではありました。
で、ドル・コスト平均法の考え方も知らない人が、投資に手を出してはいけませんな、という事になってくるわけですが、このあたりは、もう、それこそ個人の話でどうでもいいことなので、話は、おしまいにしましょう。
だって、前の世界恐慌は1929年なんですよ? ちょうど80年です。
いったいどこでどうなって「100年」という数字が出てきたんでしょうか?
まぁ、こういうのは「決まり文句」になってしまうから、しょうがないんですけど。
このあいだちょっと書いた、副島隆彦さんの、アメリカ発の恐慌を予言した
「やがてアメリカ発の大恐慌が襲いくる」
http://astore.amazon.co.jp/kids1226-22/detail/4828411127
ですが、
実はさして難しい事が書いてあるわけではなくて、「景気変動というのはサイクルなのだ」という景気循環説をとなえているだけの本なんですよ。
明日の事はわかりませんから、そこで予言すると言っても何を根拠に予言するのか? という事ですね。
で、普通のそこいらにいる「エコノミスト」というのは、たとえば投資サイクルは大きく5年で更新されるものなのだ、とか、××のサイクルは3年くらいだ、とかやっているけれども、学問的に見れば、それらは全部景気変動のサイクル説の中に収まることであって、それはいろいろ説があると。(ジュグラーの波、クズネッツの波など)
で、そういう数年単位の小さなサイクルではなく、60年単位というような大きなサイクルもあるはずなのだけれども、普通のエコノミストは、そういう大きなサイクルまでは考えていないという話しでして、副島さんはここで、あまり有名ではないのかも知れないけれど、コンドラチェフという60年周期でのモノの見方もしなければいけない、と言うことを言ったにすぎないわけです。
で、いちおうコンドラチェフの波というのは、60~70年くらいだから、周期を考えると2001年あたりで大不況が来るはずだ、という前提で論を立てておられたわけです。コンドラチェフという人はすでになくなっているので、波の個別曲面の定義や判断というものがはっきりしませんし、なんせコンドラチェフの仮説自体、1925年に出されているわけですから、この60周年周期というスパン自体をどう考えるか? って言うのもあるわけですが。
ともあれ、ようは「大きな周期はあるはずだから、その周期が巡ってきて当然」という事なんですよ。それを想定してない方がおかしいとも言えるわけです。
副島さんはだから不況の「底」を1929年と捉えずに、第二次世界大戦の終わり、1945年を底と見て、大不況が来るはずだと想定して、で、いま大不況が来るとすれば、好況に浮かれきっているアメリカからだろうし、火がつくのはバブルになりつつある住宅ローン関係だろうと予測されていた、という事な訳です。
まぁね、人間、神様じゃないんだから、明日の事はわからないんですよ。
でも、たとえば、季節の温度を丹念に計測していたり、太陽が昇る位置をていねいに観察していたり、というような誠実な態度で日々を送っている人達の経験から、暦のようなものは生まれて来たわけですし、1年というわかりやすい周期も発見できたわけですよ。
皆既日食にしても、日本では卑弥呼の時代(4世紀くらい)には「神の怒り」とか言って恐れおののいたわけですけど、おそらく同じ時に中国では、日食は「暦」の一部になっていたはずなわけです。これは大きな違いですけど、でも、そういう事実関係はあったわけです。
皆既日食の周期を知らないから「神の怒り」になってしまうわけでして。
だからたぶん、経済というのも、とどのつまりは波動のサイクルで見るしかないんだろうと思われるわけです。
なら、この世界不況を、あまりに大雑把に「百年に一度の大不況」とか言うのはやめて、「1929年から80年で、同様の事が起こりました。」とした方が分りやすくていいんじゃないの? って事ですね。
で、やっぱり「100年」だとちょっとアバウトすぎる気がしてきたって事です。
ちゅうか、この周期予測の考え方を、アバウトにだけ聞きかじってセンセーショナルな言い方に転換したんですかね?
コンドラチェフ仮説と現実社会を照らし合わせてみると、「60年~80年程度の周期でサイクルしている」とするのが現実的な判断なのではないかしら? という気がするんですが、どうでしょう?
で、そんなこんなを考え合わせていくと、投資はやっぱり「ドル・コスト平均法(=定額購入法)」で行くのが一番だよなぁという、手堅い発想になる私ではありました。
で、ドル・コスト平均法の考え方も知らない人が、投資に手を出してはいけませんな、という事になってくるわけですが、このあたりは、もう、それこそ個人の話でどうでもいいことなので、話は、おしまいにしましょう。
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