イメージ、妄想、心の態度。
2007年8月1日 読書 コメント (2)
ISBN:489451267X 単行本(ソフトカバー) 石井裕之 フォレスト出版 2007/06/27 ¥1,365
http://astore.amazon.co.jp/kids1226-22/detail/489451267X/249-9767057-8485143
この石井裕之さんの本は何冊読んだだろう? 6冊目か7冊目だと思う。
肩書きが「パーソナル・モチベーター」となっていて、なんじゃそりゃ? と思ってしまうのだけど、ようは「やる気をださせる人」って事ですね。
石井さんはもともとカウンセリングとかを本来の職業として持っている人で、多くの心を病んだ人、あるいはそこまで行かなくても引きこもりになってしまった人を社会復帰させたり、心の内面をサポートする仕事を本気でやっている人で、僕はとても好きな方です。
で、どの本も面白くて、人間関係における単純なテクニックとか、いろいろあるけれど、もう本当に、目からウロコという事が多いのです。
で、この「心のDNA」はどうかというと、これが「書籍としては」すごくつまらない。いや、いいこともたくさん書いてあるんだけど、いままでの著作に比べると格段に落ちる。
っちゅうか、内容的にはすごい事も書いてるんだけど(集合無意識の時代ごとでの変化の話とかはすごいと思う。)でも、新しすぎて、実例を実感できない僕には、いまひとつ迫って来ないのであります。
ところが!!
付録でついてるCDがいい!!
すごくいい!!
石井裕之さんの講演を、そのままCDに収めたものだけど、「71分で幸せになる話」と言って、ほんとに1時間10分くらいしかないんだけど、とっても良いのです。
僕はいろいろな意味で、涙が出て困りました。
数年前に仕事の上で発注してきた人と感情的なトラブルになって、少なく見積もっても数十万円という仕事の支払い拒否にあった事があるんですが、その時、もう怒りが収まらなかったのですね。どう考えても許せない。で、いつまでたっても、怒りが収まらない。
で、その時に、この「怒りがおさまらない自分」というものそのものが、とても悲しかったんですよ。
どうにも止らないわけです。あんまり怒ると、自分が苦しいだけなのに、なのに止らない。その止められない自分が悲しかった。自分の考え方や生き方があって、それを大切にしているから、理不尽な扱いをされると、どうしても許せなくなってしまうんですね。そういう偏狭な自分自身が悲しかったわけです。
でも実際、そういう時に、自分の心をどうコントロールすればいいのかが、さーーーーっぱりわからなかったんですが、前に紹介した「怒らないこと」という本で、ひとつの光明を感じ、「ああ、こういう心持ちになればいいのか!」という感覚を得てたのですが、今回のこの石井さんのCDで「憎しみを置く」というテクニックを得られたように感じたのです。
やっぱり深いよなぁ、石井さん。すごい。
あんまり中身を語ってしまうといけないので、このくらいにしておきますが、とにかくCDの方はもう、大収穫。これはいいなぁ。かなり感激してます。
で、この石井さんは言うのです。「考え方がすべてです。」と。悪い考えを持っている人は悪くなって行くし、良い考えを持っている人は良くなっていく。それは昨日・今日という短い期間では分らないけれど、5年とか10年とかのロングスパンでは、結果がはっきりと出てきてしまうそうです。
カウンセリングをしておられるから、極端に幸せになる人と、極端に不幸になる人の両方をサンプルとして見ておられて、だからこそ、その幸せと不幸を分ける「条件」がはっきりと分るんだそうです。
断言しておられるのは、不幸になる人は100%、誰かを憎んでいるのだそうです。自分で気付かずに憎んでいるかも知れないし、はっきりと自覚して憎んでいる場合もあるけれど、誰かを憎んでる人は、幸せになれない。100%断言できるそうです。
石井さんは仕事柄長期にカウンセリングをされる事もあるから、よけいにはっきりわかるんでしょうね。で、僕らのような普通人は、幸せになる要素と不幸になる要素が混ざり合ってしまってるから、そのあたりがはっきりとは見えないんだそうです。良いことを考えたり、悪いことを考えたりごちゃまぜなのが普通人なんだそうです。
だからつまり、幸せになるかどうかは、結局「考え方」が全てを決めるって事なんですね。
ああ、そうか、なるほどって思うわけです。
アダルトチルドレンの問題も同じ事なんですね。子供の頃に、親子関係で不満な出来事が起きたと。それを、子供の側が、「どう解釈したか」が重要なんです。親はあんまり深く考えてなかったかもしれないし、親の問題はまぁどうでもいいのですが、問題は子供の側です。
「いやな事」が親によって強制されたら、それは不幸な事なので、それを無理矢理「幸福な事」と、自分を騙して生きていくわけです。「だめんずうぉーかー」なんかもそうですわね。子供の頃に嫌な仕打ちを受けた、まさにそういう態度を持っている人を「好き」になってしまうという不幸。
これなんか、完全に「考え方」がおかしくなってるわけです。
いやな事はいやな事として、しっかり現実直視しないといけないんですね。でも、子供だからそれができなくて、自分の心の中で印象変換器を作り上げて、「悪い事でもなかった」とか「良い事だった」とか、無理矢理印象操作をしてしまうわけです。
それで全てをひっくり返して判断するとかしてしまう。そうやって、心の痛みから逃げてるわけですね。これは子供なんだから仕方ない。でも、結果として、大人になっても現実を直視できない心の態度になっちゃうと、これが大問題なわけです。
そういう現実をひん曲げて見るクセとか、考え方を持ってしまったら、そりゃ幸福になれるわけがないですわね。自分の心が痛むのを避けて、現実を素直に現実そのままとして読まないわけです。自分の妄想をこそ現実とみなして生きる。
でも、それは「現実を歪めて解釈」してるだけだから、そりゃ現実が思い通りにならないのは当たり前なんですよ。
ちょっと痛い思いをしてでも、現実をちゃんと直視すれば、現実を素直に現実のままに理解できるようになるので、自分の「考え」と現実が一致して、これは幸せになっていきます。
でも妄想でごまかすと、現実と自分の考えがズレが出てきて整合性が取れなくなって、また「妄想」の追加をするってことになっていくわけです。どんどん現実とのギャップが大きくなって、どんどん思いが実現しない、不幸な状況になっていく。
だから「妄想」で、勝手な解釈をするというのは、非常にまずいわけです。弓矢で、手元が二ミリずれたら、的のところで何メートルものズレになるように、長期の人生を考えると、この「妄想」はかなりまずい。
(でも、現実には妄想やイメージだけで物事を判断する人がものすごく多いんですけど。小泉君のイメージ戦略なんか、まさにそれですから。現実の問題を直視せずに「改革だぁ」というかけ声だけで、世の中をひっぱって行ってしまった。そら日本人が不幸になるのも当たり前だわ。)
前の彼女がケアマネをやっていて、お年寄りの生活をずっと見ていた人だったので、この「考え方のズレによる長期的不幸」という事を、実感を持って僕は感じるのです。
彼女曰く「人は生きたように、死ぬよ」って事なんです。生きたように死ぬんです。回りを大切にして生きた人は大切に看取られて死ぬし、回りに悪態をついてた人は看取られないだけでなく、たとえば、お風呂が大好きで、死ぬ前に体をきれいにしてあげようと介護してる人たちが思っていても、いろいろな事情から入れないままに亡くなってしまったとかね。そういう事になるんだそうです。それはもう見事に「生きてきたように、死ぬ」んだそうです。
これは、まさに「考え方がすべてです」という事を表しているのですね。
だから、現実を直視せずに「妄想」でごまかすってのは良くないんです。確かに現実を直視すると心は痛むけれど、そのちょっとの痛みに慣れて行くことが、弓矢の位置を二ミリ修正する事なんですね。
小さな痛みで済むものを、放置しておくと、後で修正するには、ものすごく大きな痛みを伴うという事も、おうおうにして起こります。
たとえるなら、虫歯の治療と同じですね。
虫歯というのは、基本、治りません。初期の軽いものなら、最近は人間の自己修復機能を活用して、薬だけで治すというのも出てきているけど、基本的に虫食いになったら削るしかない。だから大きくなる前に、小さいうちに削ってしまわないといけないんです。
心の態度も同じ事で、小さいズレをほったらかしにして、「妄想」でごまかす、なんて事をしてると、後の修正がどんどん大変になって行くのです。
で、石井さんは、「40くらいの大人になると、イメージしてから、それが実現するまでの時間が短くなってるはずです。」と言うのです。イメージから実現までの時間が短くなってると。で、だから悪いことを考えたら、悪いことが起きるまでのスパンも短くなってるんだとおっしゃる。
うむ。それは言えてるかもしれないと僕は思うのです。石井さんの言い方とはちょっと違うけれど、仕事においても、何事においても、ムダで効果のないやり方とかは最初から考えなくなってますからね。実現能力というものは、年齢が高くなるほどに高まるんだと思う。で、人間は無意識的に行動している部分も大きいから、悪いことを考えたら、それが実現するまでの時間も短くなってるだろうし、より大きな幸せや不幸を実現してしまう能力も身に付いてしまってるだろうと思う。
「僕の人生なんて、不幸だらけさ」と思えば、即刻不幸だらけの人生になるし、「なんて幸せいっぱいの人生なんだろう」と思えば即刻そうなる。というか、そうなるまでの時間が年々短くなっているってことですね。
で、だからこそと僕は思うのですよ。
結局、それは、子供の頃の二ミリのズレが、40くらいで一番大きくズレてきてるって事なんだろうなって。長年の蓄積で悪い方にも良い方にも実現能力が高まってしまっている。
そういう事に40代で気付いて、子供のころのサバイバルのために無理矢理「妄想」でごまかしてた部分を修正しないと、後半の人生が辛いのだろうと。
ミッドライフクライシスとか40代の危機とかの話もけっこうこの日記では書いてきたと思うのですが、ようは、そういう事なんだと思う。
考え方がすべて。
妄想が人生を誤らせる。
痛みは小さいうちに対処すべし。
人間は生きてきたように死ぬ。
って事だと思うのですよ。人間をイメージで判断しちゃいけません。内容で見るのです。他人を揶揄したりせずに、幸せを願うのです。みんなが幸せになってくれたらいいなって思う。ほんとに。
僕は、まだまだ人間ができてないので、「許し」とかはできないけれど、まぁ「怒りを置く」くらいはやれるようになってきたし、(自分の中に怒りや憎しみがあるのだと、気づけないという人も多いです。そういう人は、まずそっちを先にやらないとダメです。自分の心の溝掃除が先。順番は間違えないように。)世の中すべての人の幸せを願うほどの強力なイメージ力はまだまだ身に付いてないけれど、少なくとも身の回りの友人や仕事仲間、近親者の幸せについては、ほんとうに心から願えるようになってきました。
ほんと。幸せになって欲しいよなぁって思うんです。不幸な状態っていうのは、本当に辛い。本当に辛いんんです。で、本当に辛いから「感じない」ようにしてる人も多いんだよなぁ。
そういう人には「痛いだろうけど、感じて!自分の痛みを感じて!」って言いたい。それを避けると、よけいにズレが大きくなるだけだから。
虫歯治療を好きって人はいてないもんなぁ。
でも全部治療が済んだら、あとは定期検診だけでなんとかなるんだし。とにかく、そっちの方向に行く事を考えないと人生辛いだけだと思う。
ほんとに。
http://astore.amazon.co.jp/kids1226-22/detail/489451267X/249-9767057-8485143
この石井裕之さんの本は何冊読んだだろう? 6冊目か7冊目だと思う。
肩書きが「パーソナル・モチベーター」となっていて、なんじゃそりゃ? と思ってしまうのだけど、ようは「やる気をださせる人」って事ですね。
石井さんはもともとカウンセリングとかを本来の職業として持っている人で、多くの心を病んだ人、あるいはそこまで行かなくても引きこもりになってしまった人を社会復帰させたり、心の内面をサポートする仕事を本気でやっている人で、僕はとても好きな方です。
で、どの本も面白くて、人間関係における単純なテクニックとか、いろいろあるけれど、もう本当に、目からウロコという事が多いのです。
で、この「心のDNA」はどうかというと、これが「書籍としては」すごくつまらない。いや、いいこともたくさん書いてあるんだけど、いままでの著作に比べると格段に落ちる。
っちゅうか、内容的にはすごい事も書いてるんだけど(集合無意識の時代ごとでの変化の話とかはすごいと思う。)でも、新しすぎて、実例を実感できない僕には、いまひとつ迫って来ないのであります。
ところが!!
付録でついてるCDがいい!!
すごくいい!!
石井裕之さんの講演を、そのままCDに収めたものだけど、「71分で幸せになる話」と言って、ほんとに1時間10分くらいしかないんだけど、とっても良いのです。
僕はいろいろな意味で、涙が出て困りました。
数年前に仕事の上で発注してきた人と感情的なトラブルになって、少なく見積もっても数十万円という仕事の支払い拒否にあった事があるんですが、その時、もう怒りが収まらなかったのですね。どう考えても許せない。で、いつまでたっても、怒りが収まらない。
で、その時に、この「怒りがおさまらない自分」というものそのものが、とても悲しかったんですよ。
どうにも止らないわけです。あんまり怒ると、自分が苦しいだけなのに、なのに止らない。その止められない自分が悲しかった。自分の考え方や生き方があって、それを大切にしているから、理不尽な扱いをされると、どうしても許せなくなってしまうんですね。そういう偏狭な自分自身が悲しかったわけです。
でも実際、そういう時に、自分の心をどうコントロールすればいいのかが、さーーーーっぱりわからなかったんですが、前に紹介した「怒らないこと」という本で、ひとつの光明を感じ、「ああ、こういう心持ちになればいいのか!」という感覚を得てたのですが、今回のこの石井さんのCDで「憎しみを置く」というテクニックを得られたように感じたのです。
やっぱり深いよなぁ、石井さん。すごい。
あんまり中身を語ってしまうといけないので、このくらいにしておきますが、とにかくCDの方はもう、大収穫。これはいいなぁ。かなり感激してます。
で、この石井さんは言うのです。「考え方がすべてです。」と。悪い考えを持っている人は悪くなって行くし、良い考えを持っている人は良くなっていく。それは昨日・今日という短い期間では分らないけれど、5年とか10年とかのロングスパンでは、結果がはっきりと出てきてしまうそうです。
カウンセリングをしておられるから、極端に幸せになる人と、極端に不幸になる人の両方をサンプルとして見ておられて、だからこそ、その幸せと不幸を分ける「条件」がはっきりと分るんだそうです。
断言しておられるのは、不幸になる人は100%、誰かを憎んでいるのだそうです。自分で気付かずに憎んでいるかも知れないし、はっきりと自覚して憎んでいる場合もあるけれど、誰かを憎んでる人は、幸せになれない。100%断言できるそうです。
石井さんは仕事柄長期にカウンセリングをされる事もあるから、よけいにはっきりわかるんでしょうね。で、僕らのような普通人は、幸せになる要素と不幸になる要素が混ざり合ってしまってるから、そのあたりがはっきりとは見えないんだそうです。良いことを考えたり、悪いことを考えたりごちゃまぜなのが普通人なんだそうです。
だからつまり、幸せになるかどうかは、結局「考え方」が全てを決めるって事なんですね。
ああ、そうか、なるほどって思うわけです。
アダルトチルドレンの問題も同じ事なんですね。子供の頃に、親子関係で不満な出来事が起きたと。それを、子供の側が、「どう解釈したか」が重要なんです。親はあんまり深く考えてなかったかもしれないし、親の問題はまぁどうでもいいのですが、問題は子供の側です。
「いやな事」が親によって強制されたら、それは不幸な事なので、それを無理矢理「幸福な事」と、自分を騙して生きていくわけです。「だめんずうぉーかー」なんかもそうですわね。子供の頃に嫌な仕打ちを受けた、まさにそういう態度を持っている人を「好き」になってしまうという不幸。
これなんか、完全に「考え方」がおかしくなってるわけです。
いやな事はいやな事として、しっかり現実直視しないといけないんですね。でも、子供だからそれができなくて、自分の心の中で印象変換器を作り上げて、「悪い事でもなかった」とか「良い事だった」とか、無理矢理印象操作をしてしまうわけです。
それで全てをひっくり返して判断するとかしてしまう。そうやって、心の痛みから逃げてるわけですね。これは子供なんだから仕方ない。でも、結果として、大人になっても現実を直視できない心の態度になっちゃうと、これが大問題なわけです。
そういう現実をひん曲げて見るクセとか、考え方を持ってしまったら、そりゃ幸福になれるわけがないですわね。自分の心が痛むのを避けて、現実を素直に現実そのままとして読まないわけです。自分の妄想をこそ現実とみなして生きる。
でも、それは「現実を歪めて解釈」してるだけだから、そりゃ現実が思い通りにならないのは当たり前なんですよ。
ちょっと痛い思いをしてでも、現実をちゃんと直視すれば、現実を素直に現実のままに理解できるようになるので、自分の「考え」と現実が一致して、これは幸せになっていきます。
でも妄想でごまかすと、現実と自分の考えがズレが出てきて整合性が取れなくなって、また「妄想」の追加をするってことになっていくわけです。どんどん現実とのギャップが大きくなって、どんどん思いが実現しない、不幸な状況になっていく。
だから「妄想」で、勝手な解釈をするというのは、非常にまずいわけです。弓矢で、手元が二ミリずれたら、的のところで何メートルものズレになるように、長期の人生を考えると、この「妄想」はかなりまずい。
(でも、現実には妄想やイメージだけで物事を判断する人がものすごく多いんですけど。小泉君のイメージ戦略なんか、まさにそれですから。現実の問題を直視せずに「改革だぁ」というかけ声だけで、世の中をひっぱって行ってしまった。そら日本人が不幸になるのも当たり前だわ。)
前の彼女がケアマネをやっていて、お年寄りの生活をずっと見ていた人だったので、この「考え方のズレによる長期的不幸」という事を、実感を持って僕は感じるのです。
彼女曰く「人は生きたように、死ぬよ」って事なんです。生きたように死ぬんです。回りを大切にして生きた人は大切に看取られて死ぬし、回りに悪態をついてた人は看取られないだけでなく、たとえば、お風呂が大好きで、死ぬ前に体をきれいにしてあげようと介護してる人たちが思っていても、いろいろな事情から入れないままに亡くなってしまったとかね。そういう事になるんだそうです。それはもう見事に「生きてきたように、死ぬ」んだそうです。
これは、まさに「考え方がすべてです」という事を表しているのですね。
だから、現実を直視せずに「妄想」でごまかすってのは良くないんです。確かに現実を直視すると心は痛むけれど、そのちょっとの痛みに慣れて行くことが、弓矢の位置を二ミリ修正する事なんですね。
小さな痛みで済むものを、放置しておくと、後で修正するには、ものすごく大きな痛みを伴うという事も、おうおうにして起こります。
たとえるなら、虫歯の治療と同じですね。
虫歯というのは、基本、治りません。初期の軽いものなら、最近は人間の自己修復機能を活用して、薬だけで治すというのも出てきているけど、基本的に虫食いになったら削るしかない。だから大きくなる前に、小さいうちに削ってしまわないといけないんです。
心の態度も同じ事で、小さいズレをほったらかしにして、「妄想」でごまかす、なんて事をしてると、後の修正がどんどん大変になって行くのです。
で、石井さんは、「40くらいの大人になると、イメージしてから、それが実現するまでの時間が短くなってるはずです。」と言うのです。イメージから実現までの時間が短くなってると。で、だから悪いことを考えたら、悪いことが起きるまでのスパンも短くなってるんだとおっしゃる。
うむ。それは言えてるかもしれないと僕は思うのです。石井さんの言い方とはちょっと違うけれど、仕事においても、何事においても、ムダで効果のないやり方とかは最初から考えなくなってますからね。実現能力というものは、年齢が高くなるほどに高まるんだと思う。で、人間は無意識的に行動している部分も大きいから、悪いことを考えたら、それが実現するまでの時間も短くなってるだろうし、より大きな幸せや不幸を実現してしまう能力も身に付いてしまってるだろうと思う。
「僕の人生なんて、不幸だらけさ」と思えば、即刻不幸だらけの人生になるし、「なんて幸せいっぱいの人生なんだろう」と思えば即刻そうなる。というか、そうなるまでの時間が年々短くなっているってことですね。
で、だからこそと僕は思うのですよ。
結局、それは、子供の頃の二ミリのズレが、40くらいで一番大きくズレてきてるって事なんだろうなって。長年の蓄積で悪い方にも良い方にも実現能力が高まってしまっている。
そういう事に40代で気付いて、子供のころのサバイバルのために無理矢理「妄想」でごまかしてた部分を修正しないと、後半の人生が辛いのだろうと。
ミッドライフクライシスとか40代の危機とかの話もけっこうこの日記では書いてきたと思うのですが、ようは、そういう事なんだと思う。
考え方がすべて。
妄想が人生を誤らせる。
痛みは小さいうちに対処すべし。
人間は生きてきたように死ぬ。
って事だと思うのですよ。人間をイメージで判断しちゃいけません。内容で見るのです。他人を揶揄したりせずに、幸せを願うのです。みんなが幸せになってくれたらいいなって思う。ほんとに。
僕は、まだまだ人間ができてないので、「許し」とかはできないけれど、まぁ「怒りを置く」くらいはやれるようになってきたし、(自分の中に怒りや憎しみがあるのだと、気づけないという人も多いです。そういう人は、まずそっちを先にやらないとダメです。自分の心の溝掃除が先。順番は間違えないように。)世の中すべての人の幸せを願うほどの強力なイメージ力はまだまだ身に付いてないけれど、少なくとも身の回りの友人や仕事仲間、近親者の幸せについては、ほんとうに心から願えるようになってきました。
ほんと。幸せになって欲しいよなぁって思うんです。不幸な状態っていうのは、本当に辛い。本当に辛いんんです。で、本当に辛いから「感じない」ようにしてる人も多いんだよなぁ。
そういう人には「痛いだろうけど、感じて!自分の痛みを感じて!」って言いたい。それを避けると、よけいにズレが大きくなるだけだから。
虫歯治療を好きって人はいてないもんなぁ。
でも全部治療が済んだら、あとは定期検診だけでなんとかなるんだし。とにかく、そっちの方向に行く事を考えないと人生辛いだけだと思う。
ほんとに。
コメント
どこがどう良かったのかわかりませんが、kaichuさんの役に立ったのならうれしいです。書いた甲斐があったというもの。がんばりましょ。