ということで、続き。

なので、やっぱり公僕である小泉君はもっともっと「配慮」をする必要はあると思うね。「死んだら仏様」というのは全然間違いじゃないし、この日本独特の宗教観については、それこそ公僕なのだから、官僚に指示してもっと理解してもらえるように話し合いを続けるべきだとは思うけど、それでも「配慮」がないと、そら無理だわなぁ。

で、です。

こういう中国と日本の文化の違いと、好悪の感情がどんなところで出てくるかということを、実はアメリカあたりはキチンと調べてます。

あの映画「ラストサムライ」で感心したのは、欧米人のそういう徹底した調査スタンスですな。インディアンを皆殺しにするために主人公のトム・クルーズはインディアンの文化の徹底調査に向かう。その象徴が「メモ」でした。

映画だから記号で語るしかないわけだけど、実際の調査はもっと徹底してただろうし、それはつねに行われてたはずでね。侵略する時には、まず文化を知る、なんでしょう。そして、おなじようにメモを持ってトム・クルーズはサムライを学びはじめる。

あの映画でトム・クルーズはインディアンの虐殺はいけないことだったと反省して、サムライの側につくわけだけど、大事なことはインディアンでもサムライでも、トム・クルーズは手帳に文化を書き残した、相手の文化を研究し尽くした、ということは変わってないってことです。

で、あの映画でインディアンもサムライも、手にメモを持つことはなかった。相手を知るという一番重要な「兵器」を持たなかったんです。

バカがバカのまま描かれていて、それで誰も文句言わないし、で、実際、日本人にせよインディアンにせよ「メモ」を持たなかったから殺されちゃったんだよな。

相手を知るというのは、ことほどさように強力だけど難しいことなのです。

で世界帝国であるアメリカには、地球をいくつかの地域に分けて、それぞれの国ごとに専門の「調査員」、多くは「文化人類学の学者」ということになってますが、まぁその結果が政治にも使われるので見方によればスパイとも言えるわけだけど、そういう人たちをキチンと配置してます。

トム・クルーズの「メモ」は映画だからあんなにちゃっちいけど、実際はそんな半端なものではない。
僕程度の知識でもちょっと勉強してから中国に行って、この程度のことはわかるんだから、中国専門に勉強している学者や日本専門の学者がいかに我々アジア人の内面まで正確に理解しているか、ってことです。

そういうことまでキチンと調べきった上で、アメリカのような帝国は、その使徒をマスメディアであったり、政治での次官級交渉の場だったり、そういうところに送り込んでくる。

で、ローマ帝国の時からそうだったらしいが、帝国は属国コントロールのために「分断して統治せよ」という戦略で臨んだそうです。

ようするに各地域ごとの国と国とを反目させて、それで帝国との関係を強化させるという戦略ですな。

小泉君、たぶんそれに完全に乗せられてるんだよなー。アホよなー。ほんまに。

なので、国と国というのは、ここまで文化が違うのだ、相互理解は大変なのだ、ということを、そろそろ我々日本人も理解してもいいと思う。

そういう知識を持った上で、国の政治を見た方がいい。
で、見ないと行けないのは、国内政治なんだよな。
よその国のことは我々には何もできない。
アメリカの決定はアメリカ国民がするのだから、それはアメリカにまかせるしかない。

我々は自分の足元を見ることだ。
できることをやる。
それが物事を成就するのに、一番大切なことだと思う。

「アジア人どうし仲良くすべし」というのが、私が尊敬する副島隆彦の言葉だけれど、その「仲良く」には、こういう距離の離れた文化の違いをも乗り越えるべし、「メモ」という武器を持つべしという意味も、大きくふくまれている(はずだと思う。直接聞いた訳じゃないし。)

ともあれ、今回の組閣はあやういね。

大事なことは、日本人の「祟り神」信仰を大事にする気持ちと同じ気持ちで、中国人の「歴史の時空保存信仰」をも大事にするってことだと思う。自分の国を愛するという気持ちがないと、相手の国の気持ちも想像できないと思う。

(なので無宗教の施設を作ってどうたらとかいうのは、より一層中国との距離を遠ざけるだけだから、よろしくないんじゃないの? って思う。そういう「実感」のない判断が一番あやういよなー。)

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